観劇ブログ(雑記ちゃん)

かなり個人の見解です!

宝塚宙組「カルト・ワイン」の考察について

■6月 ミュージカル・プレイ『カルト・ワイン』作・演出/栗田 優香

→初日観劇。最前列というラッキー席!

遮るものが何もない中宙組の熱演を浴びた。関西の方は中止になってしまったようなので、あらすじをざっくり書き起こしからスタート。こんないい舞台が中止になるなんて…なんて勿体ないんだ…。

 

 

・ざっくりあらすじ(ネタバレあり)

一幕:世界一治安の悪いホンジュラスでマラスの下っ端構成員として生きている身寄りのないシエロ(ずん)が、大事な友達フリオ(もえこ)とその家族を守るためにアメリカへ密入国を企てる。途中でフリオの父を失うも、アメリカに着いたシエロたちはペット用品業の裏稼業で財を成した元マラスのチャポ(ルイマキセ)・一つ星レストランのシェフ一家と出会う。一つ星レストランの令嬢アマンダ(さくら)はシエロの才能に興味を持ち、フリオはアマンダに惚れるが、シエロはどっちつかず。フリオ妹の治療費を稼ぐため、シエロは自らの天才的な味覚を利用して偽造ワイン生産による金儲けをチャポの下で始める。一方、反発するフリオは一つ星レストランで地道に働いていく。

二幕:チャポの支援で新進気鋭のミステリアスな資産家カミロ・ブランコとして世に偽りの姿でデビューしたシエロは、偽造ワインをどんどん市場へ流通させていく。ゴールデンハンマー社の女社長のミラ(五峰様)の協力を得て大成功かと思いきや、段々ずさんになったワインの管理のせいで一部の顧客やミラに偽造がばれていく。婚約一歩手前のフリオ・アマンダとも久々に再会し、偽りの姿がばれていく過程でフリオの密告に遭い、シエロは警察に捕まる。

 

 

・家族の話

冒頭のホンジュラスで、シエロが税金滞納しているフリオ一家を殺してこいと上から命令を受け、フリオたちに銃を向ける。フリオ父は顔面蒼白で来たであろうシエロに豆のスープを差し出し、シエロは家族の一員だよと声をかけてくれる。フリオたちを撃たなければ自分が始末されるので遂に銃を向けても、それでシエロの身が助かるならそれでもいい、だって家族だからと撃つことを許してくれる姿に一緒にアメリカへ逃げることにする。フリオ父は道中マラスの入れ墨のせいで善行をしても人に嫌がられるシエロを最後まで守り、お守りのペンダントをくれるが、フリオ父はモニカが列車で移動中に窃盗グループに襲われた時に犯人を躊躇いなく撃ち、その時に殺されてしまう。

シエロとしては、自分の身勝手さにフリオの家族を巻き込んでしまったということが根底にある。フリオ父は最期家族のためなら何でもする(できる)、ということを体現して見せ、辛く苦しい旅に連れ出した体の弱いモニカはアメリカで身分証もなく悪化した病で苦しんでいる。となるとシエロにはもう自分を差し出す以外に選択肢がないが、最後までフリオの家族へ恩を返すストーリーが主軸になく、シエロの心情吐露ソング等のお涙頂戴が全くないのがすごい。あくまでそれが起因であり、物語で魅せてくるのはその結果こういう風にしたというところだけなのだ。

物語の最後にフリオの密告を見越してペンダントを渡し、なおかつその隠し財産の情報を入れておき、これを出所日に持ってきて!そしたら仲直りだ!と刑務所のガラス越しにニコッと笑うシエロ…。実際刑務所に入らなければカミロはどうしようもなくなるまでに使い捨てられてしまうところだったから引き際はこれでよかったわけですが、フリオの罪悪感を和らげ、司法取引を信じた愚かなまでの実直さ(フリオはもしチャポの情報を言ったら消されるということが予想できない。実際シエロ自体はチャポに多額の投資をしてもらった恩義もある)が損なわれないためのトリック…ペンダントはあくまでキーで再会の動機付けこそがシエロなりの愛だなと感じられる良い演出!モニカが独り立ちした今、シエロにとってフリオが最後に守るべき家族だったいう爽やかで明るいエンドが最高。マラスに身内を殺されたフリオとしては「人を虐げ、騙す」は絶対に認められないことで、ちょっとうざったいまでのその徹底した「善でありたい心」(完全な善ではないのがポイント)が、シエロと社会とのつながりの最後の絆になっていたのがとても良かった。

終盤に出てきた裁判でワイナリーの主人が「作ったワインは自分の子供のような存在だから、それを使って自分の虚栄心の満たす道具に使うな!」と怒鳴るシーンで、あれだけ賢く立ち回ってきたシエロが父という存在に何も言えなくなるところも良かった。これだけはシエロも言い返せない唯一の罪だったのも、まるで映画みたいな展開である。

 

・価値の話

▼(起)フリオ父に、若者の未来と自分の価値の話をされる。

▼(承)アメリカで移民はIDがなくできる仕事がなく、日雇い労働者のたまり場でシエロは「いくらでもいいから仕事するよ!」と声をかけて他の労働者から「自分を安売りして、労働賃金の相場を下げるな!」と詰られてしまう。

▼(転)稀少で高価なワインは誰も飲んだことがないから味で判別できずに偽造しやすいので、偽造ワインはコレクターの信用を担保に価格が跳ね上がる。しかし、コレクターの身なり・車・コネクション・経歴、これらは少しの真実を大きな嘘でコーティングすれば、人の価値と信用は簡単に固められていく。

▼(結)法廷で俺という人間と才能の価値は人に見定められず、他でもなく俺が決めるんだ!(実際偽造ワインがばれたのは味ではなく、ラベルと生産個数管理の問題)と啖呵を切る。

という展開になっていくので、自分には価値がないと思っているシエロが様々な問題を通して、自分には価値があるし、周りにそれを判断されないとまで言い切れるようになったところに大きなテーマが感じ取れる。

 

・感想

とにかくセリフにも歌詞にも、ワイン絡みの面白い暗喩が多く、栗田先生のクレバーさに頭が下がる。

一例だけど、

▼マラスの入れ墨、ヴィンテージワインのラベル→レッテル・パッケージで人は価値を判断する。中身の分からないものの価値を決めつける時に出てくる。

▼ワイン→海水(飲めば乾く)、女性、消えるもの

あらすじだけざくっと書くと暗い話に思われるかもしれないけど、終始一貫明るい!!!とにかく空気がカラッとしてる。何故ならシエロが特に何も病まないから!!!いつも窮地で笑顔のかっこよくて賢いシエロ。ちょこっとフリオが闇落ちするだけ(酒に酔って一晩ぐらいね)

演出も列車、法廷、レストラン、ワインセラー、オークション会場と、とにかく場面が目まぐるしく変わるのに装置はあまり動かないのがすごい。ほんとに脚本の妙だと思う。

栗田先生、天才です。